『東京社会主義有志者決議』
Kameda 2008/05/13(Tue) 07:14 HP

一九〇七年七月二一日に決議を発した。

『東京社会主義有志者決議』

「吾人は朝鮮人民の自由、独立、自治の権利を尊重し之に対する帝国主義的政策は万国平民階級共通の利益に反対するものと認む、故に日本政府は朝鮮の独立を保証すべき言責に忠実ならんことを望む」

この決議は直接行動派と議会政策派の両派の機関紙『大阪平民新聞』『社会新聞』に掲載された。

 

RE:『東京社会主義有志者決議』
金 正 勲 2008/05/14(Wed) 13:55

 

「幸徳秋水や平民社による初期の社会主義社たちは日露戦争に対しての平和主義と非戦の論理は展開していたが日帝の朝鮮侵略阻止の立場は強く主張できなかった。しかし1907年、東京に結集していたアジアからの革命家たちの影響を受け、当時は直接行動派と議会主義派に分裂をしていたが共同の声明文を発表している。」という文章読みました。

ありがとうございます。

 

            

                                   写真はハンギョレ新聞から<趙素昴>  

                                                 

                                          

                                   

  


韓国通信を読んで 今日(月) 06:27
futei 2008/05/12(Mon) 08:11 HP

                                                                                           

さま

 

いまだ梱包をしたままの文書類、書籍の荷物にまれて迷路のような家になっています。

 

 以前にもお知らせした引越し先近く、世田谷文館周3月末の風景です。

http://yamanohon.exblog.jp/7587455/

 

 今は新の樹まれています。写真に撮る余裕はまだないのですが。

 

 東京は夏に近い気温から一して土曜、日曜は3月にった気温で、最高気温13℃までしか上がらず、寒い思いをしました。

 

 ファイルで送っていただいた論考を繰り返しんでいます。

 

また「通信」20をブログでませてもらいました。

 

 中国国家としての「火」のリレ維持は民主義的あるいは民族主義的な酬を

引き起こすものでしかなかったことはあきらかでした。

 

 さて1910年に至る東アジアの社主義者の況を簡に書かせてもらいます。

 

 侵略家日本の社主義者のアジア各地の「立」に向けた意識は、それぞれの家体制を革するという意識が優先し、低かった時期が1907年夏まできました。

 

光州出身で日本で政治史を究しているイキョンソクさんにえられるところが大きいのですが時の朝鮮の活動家、ジョソアン

 

(趙素昴ジョソアン1887-1958 1904年に日本留1912帰郷 1913年上海亡命、韓では「三均学会」がある。1930年代に「三均主義」を理論化。朝鮮の主要な左右合作、民族立運動組織の運動指針として採、韓臨時政府の綱領)

が幸秋水たちに影響をえ幸秋水、堺利彦ら連名で「朝鮮への植民地的支配化への抗議明」(1907年7月21)表します。

 

 このことは、いかに時の日本の社主義者の朝鮮の立運動にする認識が低かったかをあらわしています。

 

 漱石を擁護するわけではありませんが、日本社革にする意識が先的な

たち社主義者ですら、そのような意識であったわけですから文者の漱石が

朝鮮民衆に「同情」的であっても、被植民地民衆の立場に近づき得なかったのは止むを得なかったのではないでしょうか。 

                                          

1907 8月 幸、張らの社主義で講演 (東京)

1907 夏  「州和親」活動(東京)

1907 8月24日 《在パリ、アナキスト張景などが刊行》『新世紀』10、日本の朝鮮支配、帝主義をしく告 (パリ)                             

             http://d.hatena.ne.jp/futei/ 亀田 博                                                              

イ・キョンソクさんの論文
Kameda 2008/05/12(Mon) 22:57 HP

『「帝国」を撃て 平民社100年国際シンポジウム』梅森直之、山泉 進、ベン・ミドルトン、マイク・ヘンドリク・シュプロッテ、クリスティン・レヴィ、李 京錫 (イ・キョンソク)    論創社 2005年3月20日 200頁 2,500円

この書籍に収録をされています。

 私の運営するウェブサイト頁の真中から下の方にスクロールすると2003年11月16日の項から、イ・キョンソクさんと私のやりとりをアップした箇所が出てきます。(上記の本が刊行れる前です)。

http://members2.jcom.home.ne.jp/anarchism/anarchismbook-bbs2003.html

 ジョ・ソアンが幸徳たちと交流をしたという直接的な文献、一次史料は残っていないのですが、イ・キョンソクさんは当時、東京に居たジョ・ソアンが影響を与えたと傍証的に論及をしています。

 宣言は日本の社会主義者だけの連名です。

 ジョ・ソアンに関しての日本語での論文は、イ・キョンソクさんしか執筆をしていないと思います。

イ・キョンソクさんは『平民社における階級と民族』において「決議」が出た背景にはアジアの革命家とくに朝鮮人の存在が大きく、抗議と要求があったと論究をしている。とくにジョ・ソアン(趙素昴)の活動に焦点をあてています。

 以下はイ・キョンソクさんの記述要約。

ジョ・ソアンは一八八年生まれ。一九〇四年に日本留学し〇八年六月二六日に新橋を出て朝鮮に戻り九月三日に再び東京に来る。〇九年一二月、親日派の売国的行為に対して国民世論を喚起し宣言書を起草し掲載した『大韓興学報』は停刊処分を受けた。

一九一三年上海亡命、アジア連帯、無政府主義の実践とも見える行動を起こした。亡命動機に「亜細亜弱小民族反日大同党」の結成にあったとしている。

一六年にジョ・ソアンは再び上海に亡命「大同党」の結成を推進したが進捗せず、満州、沿海洲の朝鮮独立運動家との接触に奔走

後に「三均学会」がある。一九三〇年代に「三均主義」を理論化。それは「朝鮮の主要な左右合作、民族独立運動組織の運動指針として採択、韓国臨時政府の綱領ともなる」とジョ・ソアンの活動を記述している。

                        亀田

 

RE:韓国通信を読んで 今日(月) 06:27
金 正 勲 2008/05/12(Mon) 19:08

                                                         

                                                              

 

 引越しは大変でしょうが、亀田さんにとって新たな出発点になるのではないでしょうか。

 

世田谷文館周辺の風景綺麗ですね。

 

特に秋水書院には蘆花の幸徳への思いがこもっていて印象的です。

看板に書いてある文章も、読むものに妙な刺激を与えてくれるだろうと思います。

 

「建前は一月二十四であった。その日蘆花は当日の午後になってから判ったのだが、当時世間の耳目を集めた大逆事件の犯人とされた幸徳秋水以下十二名の死刑の執行の日であった。

蘆花は大逆事件については冤罪であると、大きな関心を寄せていたが、一月中旬に十二名が死刑判決を受けたことを知ると兄蘇峰及び桂総理宛に再考の書簡を出した。

また一月二十二日には、第一高等学校(現東京大学)生徒の弁論部委員が演説を依頼にきたので、とっさの思いつきで「謀叛論」と題し二月一日を約束し、当日は草稿も持たず会場に溢れんばかりの生徒達を前に演説した。」と、

 

ありますが、不運な時代に犠牲になっていく同僚(幸徳)を救出したいと思い、身を持って行動で実践して見せた蘆花の勇気が伝わってくるような気がします。

 

さて、趙素昴と「朝鮮の主要な左右合作、民族立運動」には興味を引くものがあるように覚えられます。

趙素昴が幸徳に影響を与えたという具体的な根拠は何でしょうか。

 

そして、幸徳秋水らと連名で「朝鮮への植民地的支配化への抗議明」(1907年7月21)を発表することになった経緯と、その内容について紹介してもらえないでしょうか。

 

江華島は歴史遺跡や日の暮れで有名なところです。無料イメージですので、載せておきます。                                                            

 

 

                 

                                             

                              江華歴史観

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               日の暮れ

    사용자 삽입 이미지

  

                                                       

 


日本国民の意識転換か
金 正 勲 2008/05/03(Sat) 08:17

 

                 写真はMONEYTODAYから(アメリカ牛肉反対のキャンドルデモ)

                                                                               

韓国では牛肉輸入問題でアメリカと屈辱的協商をした李明博政府に対する国民の怒りが爆発し、多くの市民と学生のキャンドルデモが続いている。

大運河事業や北朝鮮との関係、そして今回の牛肉問題で国民の支持率もだいぶ下がっている。

ところで、日本はどうか。日本内閣と与党自民党の立場も同じようなものではないか。自民党の支持率は民主党に逆転され、福田内閣の支持率も最低に落ちたという。

朝日新聞の報道(2日)によると、民主党支持率は28%で、自民党支持率は24%。ところで、福田内閣に対しての支持率は20%にとどまっている。

自民党と民主党の支持率が逆転されたというニュースは大きな衝撃。国民の心がより進歩的な政党に傾いているという証拠であるからだ。

韓国とまったく反対に動いている日本の変化に驚かざるをえない。はたして日本で変革の政治が可能なのか。そしてそれは民衆の意識転換によって成し遂げられるだろうか。

福田内閣の不安定な国政運営、参議院を掌握した民主党との対立、高齢者医療保険の源泉徴収、ガソリン税引き上げ法案の再可決などで民心は動揺しているようだ。

アメリカでオバマが当選し、日本の民主党が政治の前面に登場すればどうなるか。隣国は若返っているのに、韓国だけが保守化のふちに陥り、世界の潮流から遠ざかっている。

変革の日本政治に期待を寄せて見守りたい。

 

RE:日本国民の意識転換か
金 正 勲 2008/05/07(Wed) 07:23

 

           写真はハンギョレ新聞から

         

狂牛病に掛かった牛の出生農場についての情報がまったくないのに、アメリカ牛肉を輸入するということに対する国民の反発は益々高まっている。

6日農林水産食品部が聴聞会資料として国会に提出した報告書によると、アメリカの狂牛病対策は信頼できないものであることが明らかになった。

アメリカで色々な原因で死ぬ牛は年間100万頭という。しかし、狂牛病検査対象の牛は約4万頭に過ぎないそうだ。それにヨーロッパなどでは正常な牛に対しても狂牛病検査を実施しているのだが、アメリカは検査をしていないと言われている。

韓国の人々は昔から牛肉なら牛の角と足指のつめを除いて、大体食べてきた。ところで、まったく安全対策もないのに、韓国政府はアメリカからそのような牛を輸入して国民に食べろというのだ。

狂牛病危険要素だけを除去すれば問題ないと弁解しているが、狂牛病の原因となる感染菌は600度の高熱にも破壊されないという専門家の意見がすでに出ている。

李政府は国民を犠牲にしてアメリカとの同盟を強化するつもりなのか。なぜアメリカに再協商を要求しないのか。

 


日本右翼、また靖国神社を参拝
金 正 勲 2008/04/24(Thu) 17:38

 

日本与野党の議員62人が、22日春季大祭の時にまた靖国神社を参拝した。

参拝者は自民党54名、民主党2名、そして政府内閣では中川義雄内閣府副大臣、今村雅弘農水産省副大臣、加藤勝信をはじめ政務官5人、山谷えり子総理補佐官などであるという。

議員秘書や代理人を含むとその数は150人を上回るそうで、大勢の人が靖国神社を参拝しているわけだ。

右翼の工作によって上映中断の危機もあったが、来月初日本全域で上映されることになった映画「靖国」を見て、二度と不幸な侵略の歴史を繰り返すまいと誓う人もいるだろう。

このような状況中に靖国に行って、侵略の主役A級戦犯らに拝礼をするとは。韓国の新大統領が帰国したその翌日だったのではないか。韓国の大統領のあまい歴史認識に安心しただろうか。

はたして右翼に平和と善隣友好の気持ちがあるかどうか、問わざるをえない。

 

 

                 写真は東亜日報から

            

 

 


「華麗なる休暇」の日本上映
金 正 勲 2008/04/20(Sun) 10:57

 

1980年の光州を描いた映画「華麗なる休暇」が5月10日日本全域で上映されるという。

昨年7月日本の映画関係者らはこの映画を見て、光州民主化運動という歴史的事件をテーマにしたストーリに小市民の人間愛を見出し感動したと述べたようだが、日本の市民はどう反応するだろうか。

私も映画をみて文章を書いているので、一読して頂ければ幸いである。

     ↓

http://www.cinema.janjan.jp/0804/0804175128/1.php

  

   写真はNOCUTNEWSから(映画の場面) 

      

 

          


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