この二月に沖縄へ行ってきた。ひめゆりの塔など南部の戦跡地を巡り、当時の
沖縄戦に思いを馳せた。旧日本軍は沖縄の人達に自決を強要しただけではなく、
沖縄の人達をスパイ扱いし、老人や子供を含む多くの人々を処刑した。
旧日本軍の残虐性は、中国人、韓国人だけではなく、日本人自身にまでも向け
られたのだ。これこそ旧日本軍や日本軍国主義は、我々日本人の本当の敵であ
ることを如実に示す事実である。
昨日、大阪地裁で素晴らしい判決が出た。
岩波新書「沖縄ノート」の執筆者、大江健三郎氏が勝訴した。
これは地裁の判決であり、これからも最高裁まで裁判は続く。
我々は絶対に勝利しなければならない。
本日の朝日新聞から引用しておく。
朝日新聞社説(2008年3月29日)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
集団自決判決 ―司法も認めた軍の関与
太平洋戦争末期の沖縄戦で、米軍が最初に上陸したのは那覇市の西に浮かぶ慶良間
諸島だ。そこで起きた「集団自決」は日本軍の命令によるものだ。
そう指摘した岩波新書「沖縄ノート」は誤りだとして、慶良間諸島・座間味島の元
守備隊長らが慰謝料などを求めた裁判で、大阪地裁は原告の訴えを全面的に退けた。
集団自決には手投げ弾が使われた。その手投げ弾は、米軍に捕まりそうになった場
合の自決用に日本軍の兵士から渡された。集団自決が起きた場所にはすべて日本軍
が駐屯しており、日本軍のいなかった所では起きていない。
判決はこう指摘して、「集団自決には日本軍が深くかかわったと認められる」と述
べた。そのうえで、「命令があったと信じるには相当な理由があった」と結論づけた。
この判断は沖縄戦の体験者の証言や学問研究を踏まえたものであり、納得できる。
高く評価したい。
今回の裁判は、「沖縄ノート」の著者でノーベル賞作家の大江健三郎さんと出版元
の岩波書店を訴えたものだが、そもそも提訴に無理があった。
「沖縄ノート」には座間味島で起きた集団自決の具体的な記述はほとんどなく、元
隊長が自決命令を出したとは書かれていない。さらに驚かされたのは、元隊長の法
廷での発言である。「沖縄ノート」を読んだのは裁判を起こした後だった、と述べ
たのだ。
それでも提訴に踏み切った背景には、著名な大江さんを標的に据えることで、日本
軍が集団自決を強いたという従来の見方をひっくり返したいという狙いがあったの
だろう。一部の学者らが原告の支援に回ったのも、この提訴を機に集団自決につい
ての歴史認識を変えようという思惑があったからに違いない。
原告側は裁判で、住民は自らの意思で国に殉ずるという「美しい心」で死んだと主
張した。集団自決は座間味村の助役の命令で起きたとまで指摘した。
だが、助役命令説は判決で「信じがたい」と一蹴された。遺族年金を受けるために
隊長命令説がでっちあげられたという原告の主張も退けられた。
それにしても罪深いのは、この裁判が起きたことを理由に、昨年度の教科書検定で
「日本軍に強いられた」という表現を削らせた文部科学省である。元隊長らの一方
的な主張をよりどころにした文科省は、深く反省しなければいけない。
沖縄の日本軍は1944年11月、「軍官民共生共死の一体化」の方針を出した。
住民は子どもから老人まで根こそぎ動員され、捕虜になることを許されなかった。
そうした異常な状態に追い込まれて起きたのが集団自決だった。
教科書検定は最終的には「軍の関与」を認めた。そこへ今回の判決である。
集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない。