光州の春
金 正 勲 2008/04/01(火) 06:58

 

                                朝鮮つつじ

学習会の成功を
金 正 勲 2008/04/02(水) 08:05

 

光州のつつじは、色々な理由があるらしく、早くも咲いています。

桜も咲き始めましたが、黄色いれんぎょうや真っ赤なつつじが目立ちます。

れんぎょうやつつじを見て、いよいよ春が来たなと実感するのです。

桜はこれからでしょうか。

 

教員や市民による学習会、どんどん広まってほしいですね。

「日本語」教育特区として認定された世田谷で、「教科」日本語に疑問を持つ人が増えていることは何を意味するでしょうか。

 

「世田谷「日本語」育特認定」の「ねらい」と「取り組みの方向」は尤もらしく見えますが、それが国家主義の下に「愛国心」を強調する一環で行なわれるなら問題だと思います。

韓国からも学習会の成功を応援しますので、頑張ってください。

                                                             

                                                      

       写真はハンギョレ新聞から

              

          

RE:光州の春
futei 2008/04/01(火) 19:51 HP

金正勲さん、今晩は   Kamedaです。

 光州のツツジは早く咲く種類なのでしょうか。

東京では桜が散った後、街路を彩るのはツツジです。四月の末頃でしょうか。

 昨日、今日は猛烈な北風が東京や日本列島を吹きぬけました。

 E-メールでもお知らせをしましたが、私が住んでいる人口84万人の世田谷区では奇妙な「教科」日本語が小泉が首相時代に教育特別区として認定され昨年4月から小中学校で進められています。

区の公式サイト。

http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00005808.html

 内容に疑問を持つ教員、市民で学習会を開いています。

 教育基本法を改悪して新指導要領が先月、最終版が発表されましたが

 「愛国心」など追加を追加するという修正が審議会では確認をされていないのに

加えられています。

 一連の記事をブログに報告をしました。http://yamanohon.exblog.jp/7632528

 これもお知らせをした同じ内容ですが、街の桜や荷風展を開いた「世田谷文学館」の写真をアップしました。↓

http://yamanohon.exblog.jp/7587455/

2 光州の春
金 正 勲 2008/04/01(火) 07:07

 

                         光州市楓岩洞の散策路

3 光州の春
金 正 勲 2008/04/01(火) 07:01

 

                         光州ワールドカップ競技場


勝利
納谷昌宏 2008/03/29(土) 23:05

この二月に沖縄へ行ってきた。ひめゆりの塔など南部の戦跡地を巡り、当時の

沖縄戦に思いを馳せた。旧日本軍は沖縄の人達に自決を強要しただけではなく、

沖縄の人達をスパイ扱いし、老人や子供を含む多くの人々を処刑した。

旧日本軍の残虐性は、中国人、韓国人だけではなく、日本人自身にまでも向け

られたのだ。これこそ旧日本軍や日本軍国主義は、我々日本人の本当の敵であ

ることを如実に示す事実である。

 

昨日、大阪地裁で素晴らしい判決が出た。

岩波新書「沖縄ノート」の執筆者、大江健三郎氏が勝訴した。

これは地裁の判決であり、これからも最高裁まで裁判は続く。

我々は絶対に勝利しなければならない。

本日の朝日新聞から引用しておく。

 

朝日新聞社説(2008329日)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

集団自決判決 ―司法も認めた軍の関与

 

太平洋戦争末期の沖縄戦で、米軍が最初に上陸したのは那覇市の西に浮かぶ慶良間

諸島だ。そこで起きた「集団自決」は日本軍の命令によるものだ。

そう指摘した岩波新書「沖縄ノート」は誤りだとして、慶良間諸島・座間味島の元

守備隊長らが慰謝料などを求めた裁判で、大阪地裁は原告の訴えを全面的に退けた。

 

集団自決には手投げ弾が使われた。その手投げ弾は、米軍に捕まりそうになった場

合の自決用に日本軍の兵士から渡された。集団自決が起きた場所にはすべて日本軍

が駐屯しており、日本軍のいなかった所では起きていない。

 

判決はこう指摘して、「集団自決には日本軍が深くかかわったと認められる」と述

べた。そのうえで、「命令があったと信じるには相当な理由があった」と結論づけた。

この判断は沖縄戦の体験者の証言や学問研究を踏まえたものであり、納得できる。

高く評価したい。

 

今回の裁判は、「沖縄ノート」の著者でノーベル賞作家の大江健三郎さんと出版元

の岩波書店を訴えたものだが、そもそも提訴に無理があった。

 

「沖縄ノート」には座間味島で起きた集団自決の具体的な記述はほとんどなく、元

隊長が自決命令を出したとは書かれていない。さらに驚かされたのは、元隊長の法

廷での発言である。「沖縄ノート」を読んだのは裁判を起こした後だった、と述べ

たのだ。

 

それでも提訴に踏み切った背景には、著名な大江さんを標的に据えることで、日本

軍が集団自決を強いたという従来の見方をひっくり返したいという狙いがあったの

だろう。一部の学者らが原告の支援に回ったのも、この提訴を機に集団自決につい

ての歴史認識を変えようという思惑があったからに違いない。

 

原告側は裁判で、住民は自らの意思で国に殉ずるという「美しい心」で死んだと主

張した。集団自決は座間味村の助役の命令で起きたとまで指摘した。

だが、助役命令説は判決で「信じがたい」と一蹴された。遺族年金を受けるために

隊長命令説がでっちあげられたという原告の主張も退けられた。

 

それにしても罪深いのは、この裁判が起きたことを理由に、昨年度の教科書検定で

「日本軍に強いられた」という表現を削らせた文部科学省である。元隊長らの一方

的な主張をよりどころにした文科省は、深く反省しなければいけない。

 

沖縄の日本軍は1944年11月、「軍官民共生共死の一体化」の方針を出した。

住民は子どもから老人まで根こそぎ動員され、捕虜になることを許されなかった。

そうした異常な状態に追い込まれて起きたのが集団自決だった。

 

教科書検定は最終的には「軍の関与」を認めた。そこへ今回の判決である。

集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない。

 

 

RE:勝利
金 正 勲 2008/04/01(火) 09:32

 

 

      写真はnewsisより

  

当時日本帝国の加害性と軍国主義の病弊は様々な形で露出されている。今まで自民党の政治権力はそのことについて追求すること自体を避けんできたが、それに絡み付いている事件がいまひとつひとつあらわになっているような気がする。

「沖縄ノート」に対する論争と法的攻防、そして「集団自決判決ー司法も認めた軍の関与」というような社説が出るのも、その理由にほかならないだろう。

「靖国」映画に対する次のような記事(時事通信社)もありますので、ここに転載しておく。

 

2008/03/31-21:26 映画「靖国」上映中止=東京、大阪の5館が自粛

 

 

 靖国神社をめぐる日中合作のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」について、配給・宣伝のアルゴ・ピクチャーズは31日、4月12日から公開を予定していた東京都と大阪市の計4館が上映を自粛したと発表した。既に東京の1館が中止を決めており、映画は当面上映されない事態になった。


 「靖国」は中国人の李纓(リ・イン)監督が、10年間にわたり、終戦記念日の靖国神社の様子などを取材した映画。軍服姿で参列する人々や、小泉純一郎前首相の参拝、合祀(ごうし)に反対する台湾や韓国の遺族が抗議する姿を、靖国神社のご神体とされる日本刀を作る刀匠の映像を交えながら紹介していく。


 自民党の政治家らが、この映画に政府出資の基金から製作費の一部が出たことを問題視。国会議員を対象にした特別試写会が開かれた。3月18日には、東京・新宿のバルト9が上映取りやめを決定。その後、銀座シネパトス、渋谷Q−AXシネマ、シネマート六本木と大阪市のシネマート心斎橋も中止を決めた。Q−AXシネマでは「特定の団体からの具体的な圧力はないが、お客様の安全を最大限考慮しなければならない」と説明した。


 


チベット問題、対話で解決を
金 正 勲 2008/03/20(木) 20:01

                    

            写真は聯合ニュースから 軍トラックから飛び降りている武装した中国軍

             

中国は暴力示威が発生したチベットで示威参加者を鎮圧するため、20日兵力を増やし投入していることが明らかになった。

そして、今回死亡したと公式に発表した死亡者13人は民間人で、その中には暴力示威に参加した犠牲者は含まれていないことも中国の発表によって明白になっている。

一体何人が死亡したのだろう。チベットの亡命政府はすでに80人が死亡していると発表しているが、少なくとも何十人の犠牲者は出ただろう。外信によると、多くの軍用トラックと銃で武装した多数の軍人がチベット地域に次々と移動しているというので、示威は完全に治まらず、より激化しているかもしれない。

中国外交部は昨日ダライ・ラマを、中国を分離する活動を行なっている政治的亡命者と規定したが、ダライ・ラマは今日胡錦濤など中国指導者に会う意思があると述べたようだ。どうなるだろう。

フランス外務長官は、来週のEU外務長官の会議で北京オリンピック開幕式に不参するよう皆に提案するそうだし、ヨーロッパ議会の議長も中国側がチベットで武力鎮圧を続ける場合、世界各国の政治指導者らはオリンピック開幕式に参加しない可能性があることを警告した。

非暴力と人権保護の精神は、現代社会を生きる全ての人間にとって必要不可欠な要素である。中国はそのうち世界の国々との活発な交流を通じ、平和的イメージを定着しようと努力してきたのではないか。

どうか2008年北京オリンピック主催国らしく対話で問題の解決に臨んでほしい。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 


乗用車観光(北朝鮮の金剛山)が開始
金 正 勲 2008/03/18(火) 09:00

 

    乗用車を利用した金剛山観光が始まった17日午後、38線を越え、韓国からの乗用車が次々と北朝鮮に入っている。  

                     

                          写真は聯合ニュースから

 

 

 


安重根遺骨埋葬推定地の保存
Kameda Hiroshi 2008/03/12(水) 13:27 HP

金正勲さん

 ごぶさたしています。お元気でしょうか。

旧掲示板で安重根と幸徳秋水に関して投稿をした亀田です。

 数日前、韓国の新聞の日本語版にアクセス、下記転載の記事を読み、金正勲さんとの当時の交流を想起し、検索をして

こちらの新しいサイトにたどりつきました。

 【ソウル7日聯合】外交通商部のチョ喜庸(チョ・ヒヨン)報道官は7日、独立運動家・安重根(アン・ジュングン)義士の遺骨が埋葬されているとみられる中国・旅順刑務所の裏山一帯を現状のまま保存するよう、中国側に要請したと明らかにした。現地公館により、同地域の一部で地方政府が開発目的で作業中と確認されたことを受け、外交チャンネルを通じ、中国側に現状保存と韓国の遺骨発掘作業遂行に対する協力を要請したと説明した。チョ報道官は、「韓中関係と安重根義士に対する韓国民の関心を考慮し、中国側がわれわれの要請に積極的に対応してくれるものと期待している」と述べた。

 伊藤博文を暗殺した抗日運動の闘士として知られる安重根義士は、1910年に中国の旅順監獄で絞首刑にされ、近隣に埋葬されたとみられている。

 記事入力 : 2008/03/11

 私は昨年、韓国を二度訪問しました。

11月は「又観先生誕辰111周年、国民文化研究所創立60周年」を記念

した「東アジア自由共同体の未来」ワークショップに招請された訪問でした。

(又観は李丁奎イ・ジョンギュの号、一八九七年生まれ、1916年に慶応大学予科に入る。日本を離れて独立運動に参加、エロシェンコや魯迅と交流があり中国において朝鮮無政府主義者連盟を兄と共に創設、日帝から逮捕され獄中生活も経験する。45年の解放後は教育に携わり成均館大学の総長になる)

 翌12月も訪れ、長崎刑務所で病死をした白貞基の遺族と懇談をし、

金子文子の育った地、芙江を訪れ、ソウルでは仁王山を

歩きました。こちらに画像を数枚アップをしています。

 http://d.hatena.ne.jp/futei/20071216

  仁王山はこちらのブログに画像をアップしています。

http://yamanohon.exblog.jp/7343010/

 また1936年の2月21日に旅順監獄で病死をしたシン・チェホ

(故・梶村秀樹さんは夏目漱石、魯迅と比較をしました)

http://d.hatena.ne.jp/futei/20080221

の起草した「朝鮮革命宣言」を日文では初めて全文を

ブログでアップしました。↓

http://d.hatena.ne.jp/futei/20080101

近況をかねて、ごあいさつとします。

RE:安重根遺骨埋葬推定地の保存
kameda hiroshi 2008/03/14(金) 04:51 HP

金正勲さん

 質問には、梶村秀樹さんの文を略さずに転載をするのが一定の答えになると思います。

(伊豆さんの掲示板に2004年9月に投稿引用を私のブログに昨年12月に再引用した全文を転載します)

http://d.hatena.ne.jp/futei/20071222

1970年頃の執筆だと思います。長文の一部ですが漱石に言及している部分の半分くらいを書込みました。

申采浩(シン・チェホ)の啓蒙思想  梶村秀樹

「かれの写真を眺めていると、ふと中国の魯迅と日本の夏目漱石と朝鮮の申采浩という連想が浮んだ。……そういえばよく似ているところがあって、その上似ていないところもあるようだ。……試しに生没年を調べてみると、漱石がちょっと早くて1867年生まれ、申采浩が80年、魯迅は81年、死んだのも漱石がちょっと早くて1916年、申采浩と魯迅は全く同じ1936年である。

 三人とも、ほぼ同じ世代の、状況と自己から目を離さなかった、ほんものの知識人である。

 生活としごとの領域のちがいは、三国それぞれの問題状況のちがいによるものだろう。漱石の生活は少なくとも表面安泰であり、その安泰の中での憂鬱を作品にほぼ昇華させつくして、畳の上で死んだ。魯迅は、半植民地中国の矛盾の焦点である上海で悪戦苦闘しながら、寂寞の中で死んだ。申采浩は、赤貧洗うが如き亡命生活のすえ、八年間もの獄中生活の辛酸をなめ、生命を奪われた。

 

 魯迅と申采浩とは、ともに状況への応接にいとまなく、むしろ多くの時論にその本領の片鱗を示し、ゆっくりと長大な作品に自己の思想を表現しきることなく終った。それでも魯迅には、苦渋の結晶である相当数の短編小説があるのに対し、申采浩はより具体的な歴史学の領域まず精力を傾注せざるをえなかった。ただ、かれが余技のごとくに書き残した数編の短編小説があって、それがやはり奔放な空想をまじえた歴史小説であることが注意をひく。

 この思いつき的な三人の対比が妥当であるかどうかは、比較文学論か何かの専門家にでも、状況的なものと個性的なものとをみわける綿密な検討をこいたい。たしかに申采浩の作品は、文学技法上熟したものではないかもしれない。しごとのジャンルのちがいのために、この対比は、一無理なこととみえるかもしないが、人間的・思想的対比としてそれほど突飛でないような気がしている。いずれにしても、ほかの二人とくらべて、あまりにも不釣合いに、申采浩は日本では読まれていないというべきではないだろうか?」

 梶村さんは朝鮮史の研究者であり、専門的な意味で文学研究に踏み込んだことはなかったのですが、夏目漱石の作品を愛読していたことがうかがわれます。

 「妥当であるかどうか」「突飛でないような」と自問自答をしているように、誠実な歴史研究者の梶村さんとしては、「専門」外に踏み込んだことに躊躇をしながらも申采浩の営為を評価し、日本で「知られて」いないことを嘆いています。

 梶村さんの申采浩に関する論文は三篇しかなく著作集には二篇しか収められていません。漱石に関しての言及が他の論文であったか調べていませんが、テーマとして書いたことはないと思います。したがって引用した部分以上に具体的に記述をしていないのが残念です。

 1989年に54歳での病死が惜しまれますが、健在であれば「比較」研究や申采浩のさらなる研究に進まれたと思います。

紀伊国屋書店のブックウェブでの梶村秀樹著作一覧。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%8A%81%91%BA%8FG%8E%F7/list.html

RE:安重根遺骨埋葬推定地の保存
金 正 勲 2008/03/13(木) 07:33

 

亀田さん、久し振りですね。

「安重根と門」の時を思い出すと、考え深いものがあります。資料提供に感謝しています。

私も連合ニュースからの報道を見ましたが、現状保存と韓国側による遺骨発掘は必要な条件でしょう。

韓国での活発なご活動にも敬意を表します。

梶村秀樹氏は「かれの写真を眺めていると、ふと中国の魯迅と日本の夏目漱石と朝鮮の申采浩という連想が浮んだ」と発言しているらしいですが、申采浩と漱石を結びつける根拠は何でしょう。「人間的・思想的対比」とは何を意味するでしょう。

 

写真はフリー素材から「百済仏教最初到来地」

           


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